僕はメイド喫茶に通わない

僕はメイド喫茶に通わない

筆者はヲタクである。

いつからヲタクだったのかはもうわからない。
小学生の頃にはお小遣いの大半がガンプラに消えていたし、ホビー雑誌でガンダム以外のヲタクの流行に触れる機会も多くあった。
“メイド”を知ったのも多分その頃だろう。
当時、まだ東京ビッグサイトで開催されていたワンダーフェスティバルにも小学生ながら一般参加者として参加しており、そのカタログ(入場券)には、現在のメイド喫茶の始祖とも言うべき「Piaキャロットへようこそ!!」の登場キャラクターのレジンキット・完成品フィギュアの広告も打たれていたため、そこでメイド、メイド服、メイド喫茶を知ったような気もする。

しかしそんな生粋のヲタクである筆者は、メイド喫茶には通っていない。

僕と秋葉原

初めて秋葉原の地に降り立ったのは、記憶が確かなら1999年。小学6年生の初夏だ。
電器屋だった祖父に連れられ、ゲームソフトの攻略本を買ってもらった。
このときはまだ電気街の面影は強く、街頭に吊されたソニー・VAIOの発売のPRフラッグの印象がとにかく残っている。

次に秋葉原に降り立ったのは中学3年生の春休み。高校入学を間近に控え、当時居着いていたイラスト系サイトのBBS・チャットの常連でオフ会をしたとき。2003年の3月だ。
そのサイトは「コゲどんぼ」のイラスト・二次創作が主だったし、その時点で筆者自身も同氏のファンサイトを立ち上げていたためヲタクになっていたのは間違いないし、デ・ジ・キャラットことでじこがメイド服を着用しているように、現代的なメイド服が一つのキャラクターのアイコンとして成立するようになっていたのは事実だろう。

既にこのとき、秋葉原には常設のメイド喫茶としてCURE MAID CAFE’がオープンしている。
同店の詳しい歴史については割愛するが、冒頭の「Piaキャロットへようこそ!!」のコスプレ喫茶店をスタートに、以降はデ・ジ・キャラットらのコスプレをしたキャストのいる、今でいえば「コラボレーションカフェ」の色が強く、筆者自身は行ったことはないものの、同作らの情報を追っている一人のヲタクとしてその存在は認知していた。

秋葉原に通う

秋葉原に通うようになったのは高校生になってからだ。

進学した高校は「情報技術科」という、今でも珍しいであろう高校のカリキュラムで主にプログラミングやネットワークなど、コンピューターに関する勉強を積極的に行う学校だった。
つまるところ、そこに集まるメンバーは8割がヲタク。すでに秋葉原で通っているような猛者もいれば、この学科に属してしまったために「○○たん萌え」しか言わない萌え豚に落ちてしまったようなヤツもいた。

そんな高校だったからこそ、バイト代を握りしめて向かう先は秋葉原だった。
二次元キャラに恋をして、快適にゲームを遊ぶために自作PCを組み、その強化と二次元キャラのイベントのために秋葉原に月に一度以上は通っていた。
もちろん、ネット上の付き合いとしてのオフ会への参加も増え、週末は秋葉原が日常になっていた。

秋葉原という街が電気街から萌の街に変わっていったのもこの頃だろう。
パソコンなどデジタル家電が「一人一台」に変わっていき普及率があがっていくと共に、それらの活用方法はホビーへと傾いていく。
傾いていった結果の一つが「ギャルゲー」や「MMORPG」であり、それらの市場が拡大していくことに伴い街を彩る広告の多くも「萌え」が主体になっていった。少なくとも筆者はそう考えているし、当時そのように感じたと記憶している。

その「萌え」を主体とする中で、画面の向こう側にしかない「萌え」や「かわいい」を三次元に持ってきたものが第一次のメイド喫茶ブームだろう。
筆者が通い始めたこの時代がまさにそのブームの真っ只中で、多くのヲタク向けホビー雑誌やコンピューター誌でも秋葉原の今としてメイド喫茶がスポットを浴びる機会が多くなっていった。

筆者もヲタクの一人である以上、メイド喫茶が気になって仕方がなかった。
しかし一人でその門をくぐるには勇気がいる。だからこそ、友人とMSNメッセンジャーで密に話し合いを行い、遂にこの店にご帰宅をすると決め向かったのは、確か2004年頃だったと記憶している。

結果を言ってしまうとガッカリだった。
高校生のバイト代ではテーブルチャージという仕組みの敷居は高いと感じたし、何より急成長した市場故に「やっつけ感」の拭えぬお店だったことは今でもひとつのトラウマになっている。
言ってしまえば「メイド服、着ておけばいい」といった具合だろうか。ああ、書いていても虚しくなるくらいに、体験としては最悪だったのだ、筆者の初のメイド喫茶は。

電車男とメイド喫茶

メイド喫茶を語っていくにあたり、絶対に外せない存在は「電車男」だろう。

筆者自身は電車男をリアルタイムでスレをヲチし、ときにカキコした一人でもあり、ヲタク文化が衆目に晒されることへの抵抗感じ、当時の電車男ブームを敵視していたということはハッキリと書いておきたい。

しかし、この電車男ブームは秋葉原を、メイド喫茶を大きく変えたと考えている。
ヲタク用語における「聖地巡礼」は電車男の成功で、秋葉原を聖地(ロケ地)として訪れる一般層が増えるキッカケになった。
作中に出てくるメイド喫茶として登場した「ぴなふぉあ」を始め、秋葉原のメイド喫茶には今までと違う客層が流入するようになり、一過性のブームだとしてもここに市場チャンスを感じたのか、各店の色<コンセプト>や接客のクオリティが大きく向上するキッカケになったのは間違いないだろう。

メイド服に制限されない、特定の作品の制服やオリジナルの制服を着用する店舗自体はそれ以前にも存在していた。
しかしお店毎の独自性がハッキリし、繰り返し通うだけの世界観が成立したのは電車男の爆発的流行なしには成し得なかった。

だから、とは言わないが、確かに筆者の周りで特定のお店にいつも通うリピーターが現れたのもこの頃だったと記憶している。
あまりにも彼らが「○○というお店にご帰宅することが、一週間頑張った自分へのご褒美なんだ」と誇らしげに言うので、その言葉を信じ彼らと共に約2年ぶりのご帰宅を果たすことになったのだ。

そこにあったのは、最初のメイド喫茶とは違う、完璧なテーマパークだった。これなら確かにハマることにも頷ける。
今のメイド喫茶、いやコンセプトカフェの原型が完成したのを目の当たりにしたのは2005年の末であり、筆者のメイド喫茶童貞を奪った店舗のような低クオリティの店舗がなくなり、秋葉原を代表するカルチャーとして成立したのはこの頃ではないだろうか。

それでも僕は通わない

しかしそれだけ友人らの言葉を信じ、ご帰宅した店舗の完成度の高さに感動した筆者だが、メイド喫茶に通う事はなかった。

単純に忙しかった、という言い訳もできるし、その頃の筆者の懐事情ではその他の趣味と両立できるほどにメイド喫茶にかかるコストは安いとは言い切れなかったともいえる。
同時期に秋葉原はつくばエクスプレスの開通、ヨドバシカメラマルチメディアAkibaの開店、ダイビル・秋葉原UDXの開業など街自体の開発が一段落を終え、チェーンの飲食店が増えるなどそれまで食べる場所に苦労していた秋葉原で、そうした苦労がなくなったことも通わなかった理由に挙げられる。

また、ここまでに長々と書いてきた通り、筆者は古いヲタクだ。
観光地化著しい秋葉原の変化は利便性を得られるメリットもあれば、それまでに愛した秋葉原らしさを失うことでもあり、メイド喫茶もまだまだ衆目に晒された観光客の多さから居心地のいい場所とは思えなかったために「通う」とはならなかったのだ。

3ヶ月で40万を使う

そんな筆者だが、メイド喫茶…ならぬコンセプトカフェに通い詰めた期間が実は一度だけある。

2008年にオープンした「LittleTGV」には週に三回ほどの乗車をするほどに通い詰めたのだ。

「ヲタクだから電車が好きなのか」と聞かれれば、これはNoだ。
筆者自身は電車のことは全く知らない。
しかし筆者の周りには鉄道ヲタクが多く、その頃連んでいたグループが鉄道ヲタクかつ秋葉原のヲタクだったため、彼らと行動を共にする=LittleTGVに乗車する、という流れを生んでいた。

同店のオープンは彼らに聞かされ、ヲタクの端くれとしてはメイド喫茶・コンセプトカフェに全く興味がないわけではないため、彼らが行く日に一緒に同行して行ったのがすべてのはじまりだ。

さて、先に「完成されたメイド喫茶・コンセプトカフェの世界観に感動した」ことを書いているが、同店はこの時点ではまだオープンしたばかり。
内装には本物の電車のイスを使うなど凝った部分は多く見られ、メニューにも様々な電車の路線のカラーを元に名付けられたカクテルが用意されるなどコンセプトは一貫しているが、キャストの子たちが全員鉄道に精通しているかと聞かれればそんなことはなかった。
多分、筆者一人で同店に乗車していたのであれば、そうした周りのヲタクからの入れ知恵で人並みよりは詳しくなっていた筆者は満足できなかっただろう。
しかし、同店に乗車する際は詳しいヲタク仲間が一緒であることがほとんどであり、彼らが同店へ行く=行動を共にする以上、いつしか筆者も常連の一人になり、常連であることで得られる”認知”の快感は、ヲタクとして抗うことはできず、さらに当時二十歳になったばかりでお酒を飲めることの楽しさを知ってしまい、居酒屋という業態で単価が高いことも相まって、3ヶ月ほどで40万円を使ってしまったのだ。

もちろん、”認知の快感”のため、同店では2万円でポイントカードが1枚貯まるシステムになっており、ポイントカードの特典である「20枚」を誰より先に達成しようと、筆者と友人らは躍起になって通い詰めてしまった、というのも理由の一つではあるのだが、それにしても3ヶ月で40万は使いすぎた。

僕はメイド喫茶に通わない

LittleTGVで3ヶ月で40万を使ったその日から、気付けば11年が経過している今、僕はメイド喫茶に通っていない。

“認知の快感”と”浪費”が決して足を向けなくなった理由ではないことはハッキリ言っておく。
例えば熱中できるコンテンツなら、それはアイドルでもゲームでもなんでも、筆者は自分が楽しめるだけ浪費したい人間であり、メイド喫茶やコンセプトカフェが嗜好に合わないからお金を落としたくない、といったものではない。

直近であれば、常設店舗の「アキバ絶対領域」に8月、9月の2ヶ月間で4回ほど機会があって入域している。
同店のコンセプトのハッキリとした具合は楽しく、エンターテイメントとして筆者自身は本当に魅入られるものがあったし、ハマる人の気持ちもよくわかる。アレは楽しい。

しかしそれでも通わぬ理由はなんだろうと考えたとき、今のメイド喫茶・コンセプトカフェは「非日常」を感じたいときに行ってみたい場所なのだ。
言ってしまえば、これは東京ディズニーリゾートと同じで、ゲートをくぐった先にあるのはいつもと違う世界と、いつもと違う自分なのだ。

完成された世界観を持つ魅力的なお店が増えた現在、筆者はどこのお店に行くにしても「とっておきの体験」をしたいと考えてそこに向かいたい。
多分、メイド喫茶やコンセプトカフェに行ってみたくても行けない人たちは、同じように未体験だからこそ、とっておきの体験をそこに求めているだろう。
本稿を、メイドカフェポータルZの1つのコラムとして締めるにあたり、本サイトでは各店の魅力を、これから非日常を、特別な体験を得ようとする読者に対し伝えられるサイトでありたいと考えている。

故に筆者はメイド喫茶には通わない。一回の入店を、思い切り、本当に特別なモノとして体験したいからだ。

もちろん、フリーのライターという肩書きを持っている以上、取材の合間にふらっと寄れる日常使いできるような「喫茶」の店舗も筆者としては知りたいところであり、運営する側の一人ながらメイドカフェポータルZに集う魅力的なライター各人の素晴らしいカフェレポートに、読者の皆様方と一緒に期待したい。


アイキャッチ出典: PAKUTASO | メイド「はい、ご主人様」のフリー画像(写真)
記録出典等: Wikipedia | メイド喫茶 及び コスプレ系飲食店

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